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月岡芳年筆
『ま』組火消し絵馬

所在地
赤坂6‐10‐12

所有者
宗教法人氷川神社

概 要
1点 絵画 平成5.9.28指定

法 量
縦148cm 横240cm

「ま」組は、氷川神社の北東から南側一帯を受け持った火消しです。この絵は「ま」組の連中が火事場に向かうところを描いており、指揮をとる者とこれに従う者との緊張関係がいきいきと表現され、臨場感のある画面が構成されています。

明治12年(1879)の制作であることが明らかであり、江戸時代末期から明治時代初期に活躍し多くの優れた錦絵(浮世絵版画)を遺した大蘓(月岡)芳年の珍しい肉筆絵馬として、また火消しの記録として貴重です。

筆者の大蘓(月岡)芳年(1839‐92)は、商人出身の武家吉岡兵部の次男として、新橋南大阪町に生まれ、後に父の従弟である薬種商の京屋織三郎の養子となりました。12歳の嘉永3年(1850)に、当時を代表する浮世絵師の一人である歌川国芳(1797‐1861)のもとに入門。15歳の嘉永6年には『画本実語教童子教余師』に吉岡芳年の名で挿絵を描き、また同年錦絵の初作といわれる『文治元年平家一門亡海中落入る図』を描くなど、早熟ぶりを見せました。歴史や物語の絵によって浮世絵界に新風を吹き込み、『新撰東錦絵』、『月百姿』、『風俗三十二相』、『新形二十六怪撰』などのシリーズを世に出して人気を確実なものにしました。

慶応元年(1865) に出した『和漢百物語』などに「月岡芳年」の落款が見られ、さらに、明治6年(1873)ころからは、「大蘓」の号を用いています。

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