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木造仁王像

所在地
芝公園4-8

所有者
個人

概 要
2躯 彫刻 平成18.10.24指定

法 量
像高 阿形243.5cm 吽形247.0cm

写真タイトル

吽形像(左)
阿形像(右)

旧台徳院(二代将軍秀忠)霊廟惣門(重要文化財)の左右に安置される通形の仁王像で、方形台座に乗る岩座上に立っています。体内に納められた修理銘札によれば、西福寺(埼玉県北足立郡戸塚村、現川口市:注)観音堂の片隅に安政2年(1855)の暴風で破損したまま置かれていましたが、昭和23年(1948)、同寺三重塔の修理と同時期に修理され、東京浅草寺に移安されたこと、寛政元年(1789)、弘化4年(1847)にも修理が行われたこと、がわかります。以後の詳細は不明で昭和33年前後にこの惣門に安置されたようです。なお、足ほぞや首ほぞ内には弘化4年の墨書銘があり、阿形足ほぞには寛政元年とみえる銘が書かれています。

本像は18世紀前半までには江戸の仏師によって制作されたと推測され、江戸時代の仁王像として破綻のない作行きを示しています。

寄木造り 砥粉地彩色

(注)補陀落山西福寺(真言宗豊山派)は、西国・坂東・秩父の百観音巡礼の功徳を西福寺一ヶ寺で受けられる「百観音信仰」が大衆に受け入れられた江戸中期以降に発展した寺院です。境内には三代将軍家光の長女千代姫が施主となり元禄6年(1693)に建立した三重塔(埼玉県指定文化財)があります。仁王像は、西福寺仁王門にあったものですが、破損したまま、観音堂の一隅に置かれていました。昭和23年に三重塔修理の際、多額の寄付を行った修復工事の施工会社に引き取られ、修理の上浅草寺に納められたと伝えられます。その後本像がいかなる経緯で現在地に安置されたかについては記録がなく、わかっていません。

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