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金杉町 焼印札

所在地
芝 5‐28‐4

所有者
個人

概 要
1点 歴史資料 平成7.9.26 指定

法 量
縦16.8cm 横10.5cm 厚1.6cm

写真タイトル

表(左)
裏(右)

『文政町方書上』によれば、芝金杉の漁民には元禄9年(1696)6月に、「何国の浦々へ罷り越し漁業仕り候ても差し障りこれなき」として小幟・焼印札それぞれ一つずつが、合計130艘に渡されたとあります。その後、漁師の減少とたびたびの火災による焼失で、小幟・焼印札とも数が減り、文政年間(1818‐30)には小幟30本、焼印札52枚が残されているのみとなりました。本資料は、こうした焼印札のうちの1枚であり、現在その存在が確認されているものとしては唯一の資料です。

江戸時代、幕府は船年貢あるいは船役銭と呼ばれる租税を課していました。この税は、一般には荷物を積んで川を往来する川船に対して川船役所がかけたもので、渡し舟や漁船は無年貢でした。幕府は漁船と川船とを区別するために、元禄9年6月、伊奈代官所印として、木綿紺地に白二つ引染抜で、長さ1尺3寸(約39.4cm)、竿の長さ8尺3寸(約251.5cm)の高提灯を一艘ごとに与え、漁民はこれを船に立てて漁に出たとされます。また、これらの船に無年貢であることを示す焼印札が、伊奈半十郎役宅において配られました。

御菜上納の元締めの地位にいた金杉浦の漁民たちの漁業権を保障したこの資料は、これまで文献史料によってのみ知られていた江戸時代前期の幕府の漁業統制を端的に物語る物的資料として貴重です。

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