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祭礼山車行列額絵

所在地
赤坂6‐10‐12

所有者
宗教法人氷川神社

概 要
1点 有形民俗文化財 平成11.10.12指定

法 量
縦148cm 横240cm

赤坂氷川神社の祭礼における山車巡行の光景を描いた額絵で、大正時代以降にはその姿を消してしまった山車の行列する様を今に伝えています。明治44年(1911)9月15日、横山政方氏によって赤坂氷川神社に奉納され、現在、同社の拝殿内に納められています。この額絵を描いた磯田長秋〈ちょうしゅう〉(1880‐1947)は、小堀鞆音(1864‐1931)に師事して後、同門の安田鞆彦〈ゆきひこ〉(1884‐1978)らと紫紅会〈しこうかい〉(後の紅児会〈こうじかい〉)を創立し、文展、帝展を舞台に活躍した画家です。正確な有職故実の造詣に基づく歴史画を特徴とした人物らしく、江戸時代以来の伝統ある祭礼山車の姿を正確かつ克明に描写しています。

赤坂氷川神社は、八代将軍徳川吉宗が現在の場所に社殿を建立して以来、将軍家との関係が密接な神社で、その祭礼も天下祭である山王権現、神田明神の祭礼に次ぐものの一つとして、江戸において有数の賑わいを見せていました。祭礼は、隔年6月15日(明治41年から9月15日に改正)におこなわれ、氏子町が製作した十数台の山車が、神社の宮神輿の渡御に供奉するかたちで町内を練り歩きました。山車は二輪車の上に積まれた二〜三層からなる高欄の上に人形を乗せた型式です。

現在、東京都心部の神社の祭礼で用いられていた山車は、老朽化や震災、戦災などによって、そのほとんどすべてが失われてしまいました。この額絵は、赤坂氷川神社の祭礼の様子だけでなく、山車の行列がおこなわれていた関東大震災以前の東京の祭礼の姿を知る資料でもあります。

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