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普光観智国師墓

所在地
芝公園3‐1‐13

所有者
宗教法人安蓮社 増上寺

概 要
史跡 昭和55.11.15指定

港区市街の発達に深いかかわりをもつ増上寺の形成に貢献した、高僧・源誉存応〈げんよぞんのう〉の墓です。

観智国師、すなわち増上寺十二世源誉上人の墓は、高さ3.2mほどの雄大な石造無縫塔〈むほうとう〉です。反花〈かえりばな〉をつけた基座上に六角二段の框座〈かまちざ〉と華盤〈けばん〉を重ね、その上に仰蓮の請座を据えて長大な卵形の塔身を乗せています。

源誉は天文13年(1544)に生まれ、天正12年(1584)増上寺十二世となり、同18年徳川家康の関東入国に際して謁見し、檀越〈だんおつ〉となる約束を得ました。そして慶長3年(1598)には江戸貝塚にあった寺を現在地に移し、徳川家の菩提所として宏壮な増上寺諸堂宇が造営されました。これは家康の源誉への深い帰依によるものといえます。

慶長13年に増上寺は家康の斡旋により勅願所となりました。さらに同15年源誉は上洛し、後陽成天皇に宗旨仏戒を伝授して、普光観智国師の勅諡号〈ちょくしごう〉を受けます。これは当時としては異例のことでした。

慶長・元和の間に、浄土宗の宗規35か条を定め、また関東18檀林〈だんりん〉を設けて、浄土宗の基礎を固め、増上寺をその中枢に位置づけたのも源誉でした。元和6年(1620)に没しています。

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