小栗風葉(おぐり・ふうよう)
明治 8年(1875)
大正 15年(1926)
明治 大正
作家
紅葉館
芝公園4-2-8

尾崎紅葉 『金色夜叉』 龍土軒
明治8-大正15(1875-1926)。作家。愛知県出身。17歳で上京し、文学結社「硯友社」を主宰する尾崎紅葉の一門に入りました。尾崎のもとで文学修業を積み、『寝白粉』『亀甲鶴(きっこうづる)』など社会風刺の強い小説を発表します。愛知出身の文士を主人公にした恋愛小説『青春』は大ベストセラーになりましたが、明治42年(1909)に発表した『姉の妹』が発禁扱いになり、晩年は故郷・豊橋に戻って静かな執筆生活を送りました。
「紅葉館」から「龍土軒」へと居場所を変えて文体を模索
明治25年(1892)に上京し、尾崎紅葉に弟子入り。当時の紅葉は大変な流行作家で門弟は200人にも達していましたが、その中でも風葉は泉鏡花、徳田秋声、柳川春葉とともに紅葉門下の四天王と呼ばれました。明治28年に紅葉の発表した『青葡萄』の主人公は風葉がモデルになっており、青ブドウを食べて疑似コレラになった風葉を懸命に看病した紅葉の様子が偲ばれます。風葉は紅葉の死によって未完となっていた『金色夜叉』を補筆し、明治42年(1909)に『金色夜叉終編』を出版しています。
風葉は紅葉のサロンであった芝の「紅葉館」に出入りしていましたが、田山花袋と親交があったことから、紅葉の死後は、自然主義派の会合場所だった麻布「龍土軒」にも顔を出し、自然主義的な作品にも挑戦しました。戯作調の小説から自然主義の小説へと脱皮をはかろうとしますが、結局師である紅葉の影響からは逃れられませんでした。
◎参考文献
『日本人名大辞典』(講談社)
『文学夜話作家が語る作家』(日本ペンクラブ編/講談社)
『大東京繁昌記山手篇』(平凡社)
龍土軒跡の標識(六本木7-4-4)
『青春』全3巻(岩波文庫)
『亀甲鶴』(春陽堂)

『青春の夢 風葉と喬太郎』(小中陽太郎/平原社)
『文学夜話 作家が語る作家』(日本ペンクラブ編/講談社)
