オールコック(Alcock, Sir John Rutherford)
文化 6年(1809)
明治 30年(1897)
江戸 明治
外交官
東禅寺
下高輪町
高輪3-16-16

イギリス公使館 ヒュースケン
文化6-明治30(1809-1897)。イギリスの外交官。外科医から転身し、34歳で外交官に。中国領事を経て、安政6年(1859)駐日イギリス総領事兼外交代表として来日、次いで公使に昇任。日本との貿易開始に強硬政策をとり、アメリカ公使ハリスとしばしば対立しました。イギリス公使館の東禅寺で水戸浪士に襲われますが、辛くも難を免れます。元治元年(1864)英・米・仏・蘭四国艦隊下関砲撃を主導したため、本国に召還されました。
初代イギリス公使の受難、そして東禅寺の悲劇
品川沖から上陸したオールコックはいくつかの候補地から高輪東禅寺を選び、イギリス公使館としました。交通の要衝である東海道や江戸湾に近く、静寂で美しい佇まいをとても気に入っていた様子ですが、不幸にもその後東禅寺は2度の襲撃事件の舞台となります。
オールコックの国内旅行が神国を汚したとして文久元年(1861)5月、水戸浪士の有賀半弥ら14人が公使の帰館を待って夜半に侵入。書記官と長崎領事が負傷し、襲撃側、警備側ともに死傷者が出ました。2度目の襲撃はちょうど1年後、オールコックが帰国中に起き、今度は英国人水兵2人が死亡。犯人は公使館の警固をしていた松本藩士・伊藤軍兵衛で翌日自殺を図っています。ヒュースケン暗殺、東禅寺事件、生麦事件など、相次ぐ外国人殺傷事件は幕府の体制を揺るがす深刻な外交問題となりました。
◎参考文献
『日本人名大辞典』(講談社)
『港区史跡散歩』(俵元昭/学生社)
『江戸・東京 歴史の散歩道3 港区・品川区・大田区・目黒区』(街と暮らし社)
『港区の歴史』(俵元昭/名著出版)
最初のイギリス公使館跡(高輪3-16-16・東禅寺)
『大君の都~幕末日本滞在記 上・中・下』(山口光朔訳/岩波文庫)
『日本の美術と工藝』(井谷善惠訳/小学館)

『オールコックの江戸~初代英国公使が見た幕末日本』(佐野真由子/中公新書)
『幕末期の英国人』(増田毅/神戸大学研究双書刊行会)
