千田是也(せんだ・これや)
明治 37年(1904)
平成 6年(1994)
昭和 平成
俳優 演出家
俳優座劇場
三河台町
六本木4-9-2

俳優座
明治37-平成6(1904-1994)。俳優、演出家。大正13年(1924)早稲田大学を中退し、文芸部員・演技研究生として築地小劇場の創立に参加しました。5年間のドイツ留学を経て、昭和19年(1944)に「俳優座」を結成。昭和24年には「俳優座養成所」を開校、昭和29年には「俳優座劇場」を開設し、戦後の新劇界のリーダーの1人として活躍しました。『地獄門』『森は生きている』『陽のあたる坂道』など映画にも多数出演しています。
日本初の専用劇場から数多くの名優たちを輩出
青山杉作、東野英治郎、小沢栄太郎、東山千栄子、岸輝子らとともに劇団「俳優座」を結成し、戦後まだ間もない昭和22年(1947)に、いち早く三河台町(現・六本木4丁目)に専用の稽古場を建てました。木造ながら洋風の洒落た造りで、自前で稽古場を持つ日本初の劇団になりました。さらに劇団創立10周年の昭和29年には2階席を含めて401席を有する専用劇場「俳優座劇場」をオープンさせています。
千田の演出・指導のもと、俳優座と同養成所からは仲代達矢、佐藤慶、平幹二郎、加藤剛、山崎努、市原悦子、栗原小巻などの数多くのスターが育っていきました。俳優座は、舞台役者だけではなく、映像の世界にも多くの才能を送り出しています。
◎参考文献
『日本人名大辞典』(講談社)
『日本映画人名事典』(キネマ旬報社)
『千田是也演劇論集』(未来社)
『俳優座-わざおぎ狂乱』(橘善男/鳥影社)
俳優座劇場(六本木4-9-2)
『もうひとつの新劇史』(筑摩書房)
『千田是也演劇論集』(未来社)

『俳優座~わざおぎ狂乱』(橘善男/鳥影社)
