三田平凡寺(みた・へいぼんじ)
明治 9年(1876)
昭和 35年(1960)
明治 大正
蒐集家
三田平凡寺宅
芝車町
高輪2丁目付近

小林清親 我楽他宗 レーモンド
明治9-昭和35(1876-1960)。蒐集家。明治末から我楽他宗(がらくたしゅう)という趣味蒐集家の会を主催し、自ら宗祖となって様々な蒐集家と交流、趣味の世界に没頭しました。新し物好きで、19世紀末にローラースケートが日本に入ってきた時にはいち早く購入し、自宅2階をスケート場に改造して走り回っていたというエピソードが残っています。
芝高輪の自宅屋根裏を「我楽他宗」本堂とし、「趣味山平凡寺」と号す
芝車町(現・高輪2丁目)の材木商の息子として生まれ、小林清親らに絵を学び、川柳・狂歌・漢詩を習う利発な子どもでしたが、幼い頃の怪我で聴力を失ったため、家業は継がずに泉岳寺近辺の地主になりました。明治42年(1909)我楽他宗の開祖となり、自ら本山・平凡寺と名乗って全国に趣味同人を募りました。木魚集め・狐集め・猫集めなどさまざまな蒐集家が集い、その顔ぶれは殿様・医者・職人・芸者・女優・外国人など実に多彩でした。ジャーナリストの宮武外骨、チェコスロバキア人の建築家レーモンドも、平凡寺宅に出入りしていたといいます。
また平凡寺は夏目漱石の大ファンで、自身も『吾輩も猫である』という漫画入りの本を遺し、末娘は漱石の長男でバイオリニストの夏目純一と結婚しました。彼らの長男が、漫画評論家・エッセイストの夏目房之介氏です。
◎参考文献
『不肖の孫』(夏目房之介/筑摩書房)
『はみ出しの文法-敗者学をめぐって』(山口昌男/平凡社)
『内田魯庵山脈-〈失われた日本人〉発掘』(山口昌男/晶文社)
『不肖の孫』(夏目房之介/筑摩書房)
『はみ出しの文法~敗者学をめぐって』(山口昌男/平凡社)
『内田魯庵山脈~〈失われた日本人〉発掘』(山口昌男/晶文社)
