都市は合理化や効率化によって、自然からかけ離れたものへと変貌していきます。東京の自然も、都市の発展とともにただ失われていくだけと思われがちですが、港区の中には昔の自然の姿に戻っている場所もあるのです。
港区の西南、品川区との境に広がる国立科学博物館附属自然教育園には、約8000本もの樹木が生い茂る森があり、その中には池あり沼あり小川ありで、カワセミやシジュウカラ、コサギなど多くの動植物が生息しています。武蔵野の面影を色濃く残しており、同園は国の天然記念物に指定されています。同園では、人の手をほとんど入れずに自然の摂理と推移に任せた状態を維持するという方針の下、管理運営が行われています。
その管理運営の結果起こっているのが、森の“昔返り”です。園内の森が地域の植生にあったものに入れ替わっているのです。
昭和24年(1949)の開園当時は、この地の前の所有者たちが植えたスギやマツがよく育っており、クロマツ、アカマツなどのマツ林が多くありました。しかし、1960年代後半から70年代にかけて増えてきた酸性雨の影響で、酸性雨に含まれるSO2(二酸化硫黄)に弱いマツやスギの多くは枯れてしまい、森を構成する樹木はミズキやコナラなどの落葉樹に入れ替わっていきました。そうして成長した落葉樹林が80年代後半ごろから衰えはじめ、落葉樹の下から生えてきた常緑広葉樹のスダジイやシロダモが、現在勢力をのばしてきています。
開園からわずか50年弱の間に園内の森は、屋敷の庭として人為的に植えられたマツやスギの林が消えて、落葉樹林へ、そしてさらに常緑樹林へと代わりつつあり、あと100年も経れば、この地域本来の姿である常緑樹林に変化すると言われています。
“昔返り”に見られる、人為を覆し、自らを修復する自然のパワーは、私たちの想像をはるかに超えるものがあります。
国立科学博物館附属自然教育園(白金台5-21-5)